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23歳大学生のポジティブな悪性リンパ腫闘病日記

身体は拘束されていますが精神は自由です(笑)

逆算の経営者 久保田耕作 〜経営者研究〜

こんばんは、今日のブログを更新します!




今日は朝7時くらいから採血があり

早朝に採血で起こされるという

あまり寝起きの良くないスタートでした!




採血の結果としては白血球の数値が

少し下がっているけれど抗ガン剤は

予定通り金曜日から行えるとお医者さんに

言われて安心しました!




早ければ1月15日の放射線が終わり次第

自宅療養を始めることが出来るかもしれない

とのことで気持ちが高揚し、

このままモチベーションで残りの治療に

励みたいと思います!




お見舞いに来て頂いた人に「予定通りに

治療が進めば1月15日の放射線が一応

最後です」と言うとほとんどの方が

驚かれるのですが短期間で強い薬を

入れる病院である程度確立された治療を

受けることが出来ているので恵まれているなと感じています!




実際11月27日から第1クールの抗ガン剤が

始まり、1月15日で治療の全日程が終了するので約1ヶ月半しか治療がなく私自身も

早いと感じるくらい早かったです!




もちろん治療が終わってから患部の状態を

見て引き続き治療が必要かどうか決まる訳なのですが、初期段階でガンが見つかり

長期治療な治療を受けないといけない人も

多い中で短期間で治療を終わらせることが

でき、不幸ながらもその中で運に

恵まれているなと感じています!




人生振り返っても運や巡り合わせなど

不思議な力に恵まれているので

この期間に本などを読んでパターンや法則を

発見することが1つの目標です!




では今日の経営者研究をします!




今日調べた経営者の方は

のこのしまアイランドパークの創業者である

久保田耕作さんです!




久保田さんは7歳で島に移住→中学卒業→

農業に従事→35歳でテーマパーク開業→

45歳で軌道に乗り、以後毎年20万人を

集客する自然植物園に運営していました!




久保田さんは7歳で島に移住し、

小学校時代より年間70日も学校を休み、

手が豆だらけで血だらけになりながら

両親の農業の手伝いをしたそう!



中学を卒業するころには能古島

出荷量が1番になってはいたものの

東京や大阪の市場に視察に行った際、

規模の違いにビックリしたという!




当時、久保田さんの実家は

福岡市では最大級の芋生産者になっていたが

東京や大阪に比べると差が歴然としていて

流通網が整えば市場間競争に勝てないのは

明らか!




これをキッカケに島での農業に限界を感じ

将来について考えた!




ブラジルへの移住も考えたが長男という

立場上厳しく、色々と模索している時に

今後は経済が発展して機械化も進み、

人々が機械に使われて疲れ、やがて

自然が見直されるはずだと考える!




能古島は福岡という都市の近くにあり

都会の人をターゲットに「自然」を

売りにした事業ができないかと考えてた

ある時にたまたま能古島の家の近くに

桜並木があり、花見のお客さんが島に

沢山来ていたことからヒントを得て

能古島に巨大な自然植物公園を造ろうと

決意!




この時わずか19歳ながら

30歳で会社を設立、40歳で事業を軌道に乗せ

50歳で果実を実らせ、60歳で引退という

人生設計と逆算が出来ていたらしい!




それから本業の芋栽培の傍らで

毎年2万本ものツツジや桜の苗を

植え始めた!




花や木の苗を黙々と植える姿を見て

島の人から薪にすらならんものを植えて

バカじゃないかと言われていたらしいが

気に留めず作業を続行!




花や木を約15万本植え、構想から15年

ついに開業、15年間やり通す努力も凄いが

大変なのはここから!




遊具がある遊園地は子どもは喜ぶが

親は疲れるため、親も子ども楽しめる

公園にしようと極力人工的なものを排除し

テレビや新聞に1000万円広告をだして

運営を始めた!




当初売上目標は年間1000万円で

運営は5家族でやる予定だったこで

一家族200万あればなんとか生活できる

逆算だったが開業3年目に

経営危機に陥ってしまう!




出稼ぎなどに行っても一家族あたり

月収4万円しかなく、生活は年々苦しくなり

公園の経営権を地場大手企業の西鉄

一時は五家族の多数決で譲ることに決めたそう!




しかし15年間育て続けた園内にある樹木の

売却価格で話しが折り合わない。原価は

安いが育てるのに10年以上かかっていて

この価値を巡り、両者で交渉の日々を

過ごす中で久保田さんの妻が大声で

将来はよくなる、経営権は売らない!




この一言で一念発起し、経営を続行!




その後も苦しい生活が続いたが

ある時、水俣病四日市の公害が

社会問題になり、人々の興味が

「自然」に傾いてきたことにより

経営が上向きになっていく!




久保田さんが予想したように

都会の人々が自然を求めやってきて

またイベントやコンサートを誘致したことも、あり大反響!




今や年間入場者は20万人を超える

テーマパークになっているそうです!






調べてみて社会問題など時代や運が

味方してくれている部分もありますが

19歳で人生設計をしてその目標に向かい

やり続ける忍耐力などはすごいと思います!




15年間花や木を育て続け、

その後10年間経営に苦しみ

途中西鉄に売却も考えたが

奥さんの一言で一念発起して

経営を続けた結果、運や時代が

味方したのかなと考えてしまう程

苦労された人生を歩まれていました!




今は病気などで運や不思議な力に

興味があるので久保田さんの生き方を

調べてて考えさせられるものがありました!




長くなりましたが以上です!




それでは!